悟りは自我から無我への相転移

悟りは自我から無我への相転移。悟りを哲学、心理学、宗教、脳科学から解説します。

1)「心」と「脳」 1-4-1)心の分離と脳の分離

1-4-1)心の分離と脳の分離

心の分離は即ち脳の分離といえます。また逆に脳の分離は心の分離をもたらします。では「分離」とは何なのでしょうか。その具体例を挙げます。例えば、左耳から入った聴覚情報は逆の右脳(右半球)へと伝わります。逆に右耳から入った聴覚情報は左脳(左半球)へと伝わります。それらの別々の情報は通常ならば反対側の脳にも脳梁(左右脳を連結する配線コード)を介してお互いに入って行き「統合」されます。

注)左右両側に分かれてあるのは、1)大脳新皮質と2)大脳辺縁系(扁桃体と海馬)と3)島皮質、4)小脳です。それより下位階層は分離していません。脳幹の最上位に位置する間脳は上部が左右に分かれて大脳新皮質に繋がり下部は一本で中脳に繋がります。

ところが右脳と左脳をつなぐ神経コード(脳梁)を切断する治療(手術)を受けたてんかん患者がいます。その人の場合には、右脳と左脳は切り離されているので、それぞれの反対側の情報は相手側に伝わらず、それらは互いに独立した情報として分離したまま(右脳や左脳に)留まります。

そのような状況で、左耳(右脳)だけに「あちらに歩いてください」と指示すると、その人はその方向へ進みます。その歩いている途中で、逆側の右耳(左脳)だけに「どうして歩いているのですか」と尋ねると、その人の左脳は実験者の指示(右脳にだけ入れた指示)を聞いていないので、歩いている理由がわからず「ジュースを飲みたいと思ったから」と理由を後付けしました。というのは、おそらくその進む先には自動販売機があったからだと思われます。

実際にその分離手術を受けた成人女性は、脳が2つの心を持っているかのように振る舞ったそうです。左右の大脳が分離されることによって、各大脳半球がそれぞれ独自の知覚、情動、考えを生じ、まるで一つの体に二つの脳や心があるかのような言動が生じました。

しかし、手術後約1年で問題は軽減し、動作を1つにまとめられるようになったそうです。というのは、分離脳患者であっても視覚に関わる視交叉は存在しており、左右どちらの目で見ても右視野の情報は左後頭葉の一次視覚野に伝わり、逆に左視野の情報は右後頭葉の一次視覚野に伝わります。同じ側の視覚野と運動野との間の連絡はもちろん生きていますので、左右を統合した視覚情報に従って行動に移せます。

注)視交叉(視床下部にあり)は大脳新皮質ではないので分離されていません。

切断されたのは大脳新皮質間の情報だけなので、それよりも下位の階層が制御する、よく訓練された両手を使う(習慣化された、手続き記憶の)技能は、皮質下レベル(大脳辺縁系、大脳基底核、脳幹)で調整されており、そのため、分離脳(大脳新皮質だけの分離)患者でも両手を滑らかに統制して動かせます。

このように、様々な情報は、最終的に一つのものとして統合されて行き、その最終地点が意識(前頭前野)です。しかし実際には最終的に一つのものとして統合されずに独立した情報として分離したまま留まっていることが多々あります。